分度器理論。生きてく中の小さなズレが大きなズレに。

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小学生の時に分度器を使って角度を測ったことがみんなあると思う。

 

1度ってホント些細なズレなんだよ。それこそ誰も気づかないようなズレ。

でも底辺が長くなるに連れて、その開きは大きくなる。

 

僕達も同じで、今は目に見えないようなほんの些細なズレでも時間が立つにつれて大きなズレになってくるんだと思う。

 

 

いい方向にズレると、それが後々の自分にとって大きな成長になるから。

 

 

だから、ちょっとしたことでも、一つ一つを大切に、自分らしく生きたい。

 

 

【映画の感想】『何者』を見て

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ずっと気にってた『何者』をやっと見ることができた。

 

そんなこんなで、今回は何者について自分なりにまとめようと思うのです。

 

まずは基礎情報。

何者は朝井リョウが原作の映画。
朝井さんといえば『桐島部活やめるってよ』で有名な小説家。原作は読んでないんだけど、、、印象は人の建前をそのまま見逃さずに、キャッチして剥がしてリリースするのが得意な人。会ってないから推測だけど、、、

 

そんなエコな人が今回テーマに選んだのは就職活動とSNS

 

特に僕と同じ世代の人が経験してるであろう就活withSNSを通じて、人のアイデンティティとはなんなのか?つまり俺って何者なのか?って言う部分をキャッチ&リリースした作品になってる。

 

そして、監督さんは僕はほとんど知らい。どうやら舞台もやってる人みたいなんだけど、その人の舞台も見たことはない。てかそもそも舞台みたことない。いつか見て見たい。

 

そんな彼らが作り上げた作品が『何者』になるわけです。

見た感想だけど、「あー、それわかるわぁ(笑)」「うわぁー、そこまでかぁ(笑)」って思わず言っちゃうくらい痛々しい内容だった。

そして、これも桐島部活やめるってよ』と同じように、自分が見てきた世界によって全然見る視点が変わるような内容。
要は友達同士の議論がまた楽しみになるような内容。まだ見てない人はぜったい見た方が良いと思う。

 

今回3つのポイントに分けて自分の所感を書こうと思う。

 

そのまえに、前提だけど僕は就活してない。面接もなく今の会社に入った。そして、SNSもあまりやらない。特にツイッターはやってない。そんな視点から感想を書くからもしかしたら、かなりずれてるかもしれない。

 

ポイント①就活することについて

就活ってほんと恐ろしいイベントだと思う。なぜなら、今まで大学時代に培ってきたものを捨てて、新しい社会という扉を開く瞬間になるから。

例えば大学時代に音楽や演劇のようなサークルや部活動にエネルギーを注いでいた人が、そこで得たスキルを武器に就活することは到底難しい。

そして一般的に面接に必要とされるスキルを急ピッチで身につけて、なんとか自分をよく見せる方法を模索する。
映画では一分間で自分の良さを相手に伝えないといけない「一分間スピーチ」が説明されてたけど、まさにそれ。面接に合格したくて、自分をよりよく見せていく作業。そこで、結局俺は何をやってきて何をしたくて、こんな自分って正解なの?という不安になってしまうんだと思う。

 

ここでのポイントは2つ

1つは、大学時代の活動が将来を見据えて行ったものである可能性が低いこと。(これは自業自得だと思ったりもする)

2つは、就活というイベントになぜか特殊な優劣や勝ち負けのイメージがあること。

1つめに関しては、将来を見据えて活動し、その経験を直接的に将来に繋げることだけが正解だとは思わないけど、ある程度の軸は揃えて置いた方がいいと思う。これに関してはこの記事でなんとなく書いた。

syaca.hatenablog.com


あと何より、内定がゴールじゃないからと言ってあげたい。

2つめに関しては特に僕が疑問と、むしろ怒りに近い感情を抱いてる部分で、まず全く意味がわからないのは会社を選ぶ軸に、福利厚生とか、保険?とか年収とかを置いている点。
あと、大企業入ってたら勝ち組と思っている考え。からの、「私なんて大企業は採用してくれないから」という意味がわからない発言。

もぉ、大企業が安泰なんて誰も思ってないくせに、まだ名前に安心したいというなかば、願いのように大企業に頼ろうとする考え。というかこの系統の批判すらもはや聞き飽きたくらいなのに、まだその風潮が残ってるのが疑問。

確かに、やりたいことが出来るのがたまたま大企業であったり、ビジョンや先輩に共感出来たのがたまたま大企業だったりするのは全然応援したいけど、とりあえず大企業!っていう考えは少し盲目的だと思う。

あと人を社名とか年収で卑下するのはやめたい。
その人に明確な目的やビジョンがあっての選択ならそれを応援してあげるべきだと思う。

 

ポイント②このテーマの儚さ

何より僕が凄いなと思ったのは、このテーマを作品にしようと思いたったこと。
就活を通しての葛藤は今を真剣に生きてるからこそ生じるイベントで、みんなが一度は通るし、疑問に思いながらも進むしかない道。

なんだけど、実は入社した後の方がもっと辛いし、重要なことがあるため、忘れがちになるテーマだと思う。

だから、このテーマ見たとき、「あ!そーだ!あれだけ就活に対して疑問を抱いてたのに忘れてた」ってなった。

あの時、絶対的審査員に見えた人だって、会社に入ってみれば同僚で、なんなら自分より仕事が出来ない可能性もあるし、自分みたいなやつが数年後面接官やってるかもしれないという視点。

また、面接官も実は必死で、間違って会社の文化に合わない人を採用すると上司に怒られるし、会社にもその人にも損失を与えるという責任のもと面接をしているという視点。

当時はこのことに気づかずに、後々気づくんだけど、「もぅ関係ないや」と忘れ去られがちという普遍性と儚さを持ったテーマだと思う。

ポイント③違和感

もっと好きなことをやっていけばいいのに。
他人の批判なんて気にせず、情熱注げることにエネルギー注いだらいいのに。
生活する方法はいくらでもあると思う。

俺って何者なんだ?っていう疑問は誰しも抱くことで、その潜りの時期を超えてやっと人に価値を提供できる人になれると思う。

だから就活がうまく行かなくたって、そんなに心配することないよ。

人が決めた流れに乗るのだけが生き方じゃないから。

逆に大学1年生から就活してもいいと思う。というか優秀な学生はすでにインターンとかで働いてたりするしね。

 

最後に

 

映画の構成や演出の妙より、このテーマについて深く考えたくなるというのがこの映画の魅力だと思う。とてもいい映画だと思うので、まだみてない人はぜひDVDでみてほしい。そして感想をぜひ教えて欲しい。

友達の定義ってなんだろう

どこまでが知り合いで、どこからが友達なんだろう?

同じ時間を共有した長さなのか?

でも短い時間でも濃い時間過ごすと友達だし。

気が合うと友達なのか?

気があうかどうかは重要な要素だと思うけど、気が合うかどうかってどうやってわかるんだ?

色々考えていて、一番しっくりくる定義が見つかった。

友達とは、もしその人が入院した場合お見舞いに行きたいと思う人のことである。

逆に言うととてもドライな言い方だけど、入院してもお見舞いに行きたくない奴は友達ではない。

あと、グループの場合は一人ではお見舞いに行かないけどグループだったらお見舞いに行くって言う関係もあると思う。それはグループでの友達。グループでは仲良いけど、急に2人だけになったら気まずくなる例のやつ。

この定義が一番しっくりくる。

だから、もし自分が入院した時は誰か来てくれるかな?

誰も来なかったら辛いな...

これが僕が考える友達の定義。

誰が何を言ったかメモ

自分の成長のために続けていきたいと思っているのが、誰かの発言で自分に刺さったことをメモしていくこと。

そしてそれを意識項目として、常に意識し続ける。

無意識意識意識無意識ってよくいうが、

  • 無意識に出来ない状態
  • 意識して出来ない状態
  • 意識して出来る状態
  • 無意識に出来る状態

この無意識に出来ることをどれだけ増やしていくかが人の成長の一つになると思っている。

「誰が何を行ったかメモ」

これを続けていきたい。

話がよく噛み合わない僕の「視点」「視野」「視座」の話。

普段の会話の中で全く話が噛み合わない時がある。

プライベートでの出来事なら、まぁなんとか折り合いをつけたらいいんだけど、仕事になるとそういうわけにもいかない。

じゃなんで話が噛み合わないのか考えてみると、3つの要素が大きく影響しているんじゃないかと思う。

その3つの要素は①視点②視野③視座なのかと思ってる。(まぁよく聞く話だけど)

 

それぞれ自分の考えを書くと、

①視点は何か物事が起きた時に「どの部分をみるか、どのように捉えるか」ということで「視点が鋭い」とか「視点が鈍い」とかいう使い方をする。例えば、無駄遣いも視点を変えると経済を回していることになる。といったようなイメージ。「見方を変えると」っていう文脈での使用がしっくりくるかな。立場を変えて見てみると違う視点に気づくことが多い。そして人が気づかないような良い視点を持てると「視点が鋭いね」っていうことになるんだと思う。

 

②視野はいかに「物事を広くみること」ができるかで、「視野が広い」とか「視野が狭い」っていう使い方をする。空間軸と時間軸で視野を捉えることが出来るのかな。例えば視野が狭いと今の生活に悲観してしまうけど、長期スパンで視野を広く捉えると今の経験は重要と捉えることが出来る。といったような使い方のイメージ。視点は点なのに対して、視野は少し流れがあるイメージ。

 

③視座は「誰の立場で物事を見ているか」という意味で、少し視点に似てるんだけど、「視座が高い」とか「視座が低い」という使い方をする。

これはおそらくビジネスの用語の中で生まれてきてるから、視座が切り出されたと思うんだけど、要は上の人の立場で物事を見ることが出来ているか、下の人の立場でしか物事を捉えることが出来ていないのかといったような使い方をする。視座が高いと必然的に視野が広くなる。視座が高いからといって視点が鋭いかどうかは微妙なとろだけど、視座が高い人は色んな視点で物事を見ることが出来るんだと思う。

 

これらの「視点」「視野」「視座」が人ぞれぞれ違うから話が噛み合わないことが多いんだと思う。

なので人と話す時やプレゼンの発表をする時は①相手の立場になって、相手はどの視点で物事を見ているのか②相手はどの時間軸や空間軸で物事を考えているのかを想像することが重要で、またビジネスの場合だと③相手はどの立場で、意思決定になんの情報が欲しいのか、またどの軸で判断するのか、といった視座を合わせていく必要がある。

 

では最後に生活する上で役に立つと僕は思っている「視点」「視野」「視座」をあらゆる角度でみるための6つの秘技を紹介しようと思う。

 

①秘技「バードビュー」

バードビューはその名のとうり、鳥の視点や視野のこと。「俯瞰」っていう言葉が一番合うと思う。何か物事を考えるときに、鳥の視点のように上から広い視野で物事を見るための技。

物事を考えていると、どうしても視野が狭くなりがちなので、このバードビューを使うことで、見落としていたことや、気づかなかったことを広い視野で捉えることができる。

よく「木を見て森を見ず」という言葉があるが、まさにそれで、枝葉だけの議論になっていないか?ちゃんと全体像はつかめているか?といった気づきになる。

 

②秘技「経営者ビュー」

これは完全に、ビジネスでの用途だけど、物事を考えるときに経営者の視座を持って考えよう!という技。会社に関わる意思決定をする際に、何を判断軸としているのか?金銭や時間や従業員や投資額など、、、基本経営者はあらゆる情報を多角的にみて判断しているので、自分もこの経営者ビューを身につけることでよりビジネスを加速させることが出来るはず。

あとは、自分がもし経営者だったら、「こんな重要な意思決定は出来るのか?」とか「そこまで責任を負えるのか?」といったような見方で考えると、無意識に自分は従業員という役職に甘えていることを再認識することができる。

 

③秘技「上司ビュー」

これも経営者ビューの発想と同じなんだけど、上司の愚痴を言う前に、まず上司の立場になって考えてみて、「自分みたいな人が部下だったらどう思うか?」とか、「自分に見落としている視点があるんじゃないか?」などの上司ビューを持つと、あながち上司だけが悪いわけではないかも知れないということに気づくかも。

そして、自分の成長のためにも、一つ上の立場の人の視座になって考えてみることはとても重要。

 

④秘技「部下ビュー」

これは、一つ下の立場になって考えてみよう!という技。特にマネジメントしている人の場合は、自分は部下からどんな印象なのか気になると思うが、その時はこの部下の視点で自分を見つめ直すことをオススメする。そうすることで、忘れていた基本的な気づきを得ることができる。

 

⑤秘技「アップサイドビュー」

これは、逆の立場になって考えてみようという技。例えば、犯罪が起きたとして、その被害者の立場の話と加害者の立場の話がある。それぞれを理解することで(理解不能な事件が圧倒的に多いけど)新しい視点が増える。

特にオススメなのは、物作りをしている人。作る側の視点だけだと、どうしてもエゴのプロダクトになってしまいがちだから、使う人の視点を意識的に入れてみると、何か新しい気づきを得ることができる。

 

⑥奥義「おじいちゃんビュー」

このおじいちゃんビューは、色んな気づきを得ることができる技。

自分より50年生きているおじいちゃんは「どういう人生を歩んできたのか?」といったような時間軸での気づきを得ることができる。また、「おじいちゃんがいるから自分がいるんだ」という歴史観というか縦のつながりを感じることができる。「おじいちゃんに見せて恥ずかしい生き方はしていないか?」といったような自分を見つめ直す機会になる。

 

これら以外にも「3年後の自分ビュー」や「3年前の自分ビュー」、悲技「親父ビュー」など色々な物の見方はできる。

意識的に見方や考え方を変えることで、より密度の高いコミュニケーションが出来るんじゃないかと思っている。

 

難しいけど頑張ってみよう。

 

 

 

 

 

好きな曲。こんな寄り道してみたいなぁ

www.youtube.com

 

それでも夜は星を連れて

andymori

 

夕暮れの道を並んで歩く

酔いに任せて次の店まで

口を滑らせ 君の目が曇る

そんなつもりじゃなかったんだけれど

愛してるなんて言い訳みたいだね

君がいないと まるでダメなのに

そばにいてほしいなんてかっこ悪いね

飲みすぎたけさ 気に留めないで

それでも夜は 星を連れて

なんでもない顔して 旅に誘うよ

トランクの中には 四つ葉のクローバー

この風が吹くならば 君と歩いて行ける

この風が吹くならば いつの日も何度でも

君と歩いて行ける この風が吹くならば

 

 

生きることと。働くことと。

昨日は仲のいい友人と久しぶりにご飯を食べた。
そのうちの1人が働き方について悩んでるやつで、彼は周りが家や家族を持ち出したことに焦りを感じて、自分はこのままでいいのかと疑問を持っていた。

 

僕は、何かやりたいことはないの?
と聞いてみたが、彼は模索中のようだった。

 

そしたら別の友人が、キャリア構成のパターンとして、①ゴールを設定してからやることを決める逆算型と②明確なゴールは決めずに、身を任せながら進むフロー型のどちらかに分類されるらしいから、別にやりたいことを明確にして逆算していくことだけがキャリア構成ではないよと言う前置きをした上で

 

ただ実際は綺麗に2分割出来るわけではなく、目的は流動的に変わっていくのかもね、と言う話になった。

 

そこから働くことについて色んな話を交わした。そして、「まさかこんな話するようになるとはな」と笑いながら、別れた。

 

考えさせられることが多かったので、自分の考えをまとめてみようと思う。

僕自身のキャリアについての考えは、必ずしも目的を持つべきではないと思うが、目的を持つかスタンスを持つかのどちらか一方は持つべきだと思っている。

 

つまり重要なのは自分に軸を持つことだと思う。

 

何をやりたいか、何を成し遂げたいか、誰のためになりたいかなどの軸があれば、何も頼りにするものが無い中でただひたすら迷う必要はなくなる。

 

もし、目的がなくても自分はどんなスタンスで生きていくのかが明確だったら、それが軸になって漠然と悩むことがなくなるんじゃないかと思う。例えば、俺は人の笑顔を見るためなら頑張れるんだっ、ていうスタンスがあれば、例え周りが家を持ってても、自分は関係なく笑顔を増やしたらいいわけだし。俺は困った人を助けてあげたい、っていうスタンスなら、今の収入なんて関係ないと思う。(ないことはないと思うけど、優先度が違うというか、何が大切かがわかってればそこまで劣等感を感じる問題ではないんじゃないかなっていう意味。)

 

逆に軸が無ければどうなるかだけど、何もしなくても時間だけが過ぎていくなかで、僕たちは様々な選択を強いられる局面がある。その中で判断軸がないと、どれも正解に見えるし、その時の気分なんかで判断してしまう恐れがある。気分で判断できるレベルならまだしも、より人生にとって大きな選択だった場合はそんな簡単に決断が出来ない。

その結果、なんで今この仕事してるんだろう?という疑問が生まれて、今の仕事をこのまま続けていていいのか?という不安にかられたり、漠然と周りと比較してしまったりする。

 

その迷っている状態は精神的によく無いし、時間が勿体無いと思う。

 

もちろん迷う瞬間はあっていいと思うんだけど、それがただ暗闇の中で漠然と悩んでいるのか、ある軸を中心に悩んでいるのかでは全然意味が違うと思う。

 

じゃあその軸ってどうやって持つことができるの?という話だけど、これは経験が全てだと思っている。いつどこで誰と何を経験したのかが間違いなく今の自分の軸になる。そうなると、如何に良質な経験ができるかが軸を作る上でとても重要なポイントになる。

 

じゃ良質な経験ってなんなのか?っていう話だけど、これはどれだけ目の前で起きている事象に真剣に向き合っているかだと思う。気づくとただなんとなく時間を過ごしてしまいがちだから、意識的に今と向き合っていくことが大切だと思う。

 

それは今の仕事もそうだし、今のプライベートもそうだし、一つ一つを真剣に迷いなくやりきって、そして、迷うときは、今は迷うときだと認識した上で真剣に迷いまくったらいいと思う。今やってることが将来に繋がるなんて誰もわからないから、まずは真剣に向き合う。そしたらその姿勢が軸になって、結果自分の将来に繋がっていく。または、その過程で自分のやりたいことが見つかって目的になっていく。

 

そんな風にして人って働き方を形成していくんじゃ無いかと思う。そして、人生でほとんどの時間を仕事で費やすことが多いなら、その仕事とどうやって向き合っていくかが生きていく中でとても重要な意味を持つんだと思う。